順天堂医院泌尿器科では男性の健康に着目した専門外来・メンズヘルス外来を行っています。
テストステロンの作用と生活習慣病
テストステロンは男性ホルモン(アンドロゲン)の中の主な構成成分です。一次性徴です胎内での外性器形成、および思春期における二次性徴の発現、すなわち性衝動の発来と精子形成にテストステロンは必須です。一方テストステロンとその代謝物の作用は広いことがわかっています。成人においては、テストステロンは筋肉の量と強度を保つのに必要であり、造血作用を持ち、男性の性行動や性機能に重要な役割を有します。 テストステロンは集中力やリスクを取る判断をすることなどの高次精神機能にも関係します。
テストステロン値が低いと性機能障害、認知機能・気分障害、筋肉量の減少、内臓脂肪の増加、インスリン抵抗性を介したメタボリック症候群、貧血、骨密度の減少を生じ、男性のQOLを著しく低下させます。
採血のタイミング
テストステロンは朝高く夕に低いという日内変動を有するため午前8時から11時までに採血することが望ましいとされています。
重要なのは生体内で男性らしさをつくるために働くことができるテストステロンは限られていますということです。循環テストステロンの構成は[総テストステロン=遊離テストステロン(1-2%)+アルブミン結合テストステロン(25-65%)+SHBG(性ホルモン結合グロブリン)結合テストステロン(35-75%)]です。このうち男性ホルモンとしての働きをもつ生物学的活性テストステロンはSHBG結合テストステロンを除いた遊離テストステロンとアルブミン結合テストステロンになります。
加齢とテストステロン
加齢に伴い精巣でテストステロンを産生するライディッヒ細胞が減少すること、あるいは視床下部でのGnRHの分泌量が減少することにより、総テストステロンは低下していきます。40歳での2-5%、70歳の30-70%でテストステロン値の低下が見られるとされています。加齢との関連においては総テストステロンが減少するだけでなく、それと同時にSHBGの結合能が上昇しSHBG結合テストステロンが増加します。このため遊離テストステロンを含む生物学的活性テストステロンが相対的に減少するため加齢に伴い男性ホルモンの働きは顕著に減少するのです。
テストステロンの低値はメタボリック症候群、心血管疾患、糖尿病、呼吸器疾患のリスクを高め、寿命に関係することが知られています。加齢男性でのテストステロン減少は、抑うつ状態、性機能低下、認知機能の低下、骨粗鬆症、心血管疾患、内臓脂肪の増加、インスリン抵抗性の悪化、HDLの低下、コレステロール値とLDLの上昇に寄与し、メタボリック症候群のリスクファクターになります。
LOH症候群とは
加齢に伴いテストステロン値が低下することによる症候を late onset hypogonadism (LOH症候群、加齢性腺機能低下症)と呼びます。
LOH症候群は、うつ、性機能低下、認知機能の低下、骨粗鬆症、心血管疾患、内臓脂肪の増加、インスリン抵抗性の悪化、HDLの低下、コレステロール値とLDLの上昇に寄与し、メタボリック症候群のリスクファクターになります。また心血管疾患、糖尿病、呼吸器疾患のリスクを高めます。LOH症候群には大うつ病の患者が含まれることが多いとされています。テストステロンが低いと、活力と性機能が損なわれ、QOLに大きな影響を与えることとなります。
LOH症候群の診断
日本泌尿器科学会、日本Men’s Health医学会が加齢性腺機能低下症診療の手引き(以下「手引き」)を作成しています。テストステロン、遊離テストステロンの年齢別の基準値についての報告をもとに、「手引き」は、テストステロン補充(TRT)のフローチャートを定めています。
血中遊離テストステロン値8.5pg/mlがLOH症候群に対して治療介入を行う基準値です。国際的には血中のテストステロン値が300-320 ng/mlを治療介入の基準値としています。日本の治療介入基準との相違については、欧米人では血中テストステロンが加齢に伴い、減少していくのに対して日本人ではテストステロン値は変化せずに、遊離テストステロンが加齢に伴い低下していくことを理由としていますが今後再検討が必要です。
症状の評価としては、Aging Male Symptom (AMS) score が国際的には現在汎用されています(AMS pdf)。AMSは、精神・心理、身体、性機能についての17項目についてのセルフアセスメント型の症状スコアです。17項目についての5段階評価を総計し、合計26以下は正常、27-36は軽度の症状 、37-49 は中等度の症状、50以上は重症としています。
テストステロン補充療法(TRT)について
TRTの方法としては、経口剤、注射剤、皮膚吸収剤がありますが、わが国では注射剤エナント酸テストステロンのみが保険適応となっています。通常2週間おきに125mg~250mgを筋注することで臨床効果が得られるが、デポ剤の性質を考えると1-2週ごとに60-125mgを投与していくほうがより生理的に近いと考えられます。また、ゲル剤は、注射剤よりも生理的であり、欧米ではゲル剤を好む患者が増えていますが、我が国では保険適応外です。
TRTにより、筋肉量、筋力、骨密度、血清脂質プロフいます、インスリン感受性、気分性欲、健康感の改善が認められます。勃起不全については、PDE5阻害薬の作用を増強します。
TRTにより前立腺癌が生じることはほぼ完全に否定されつつあります。TRTの臨床試験のメタアナリシスにおいては、プラセボ群とホルモン補充群で前立腺癌が発見される有害事象の頻度は変わらず、むしろテストステロン値が低い患者ではPSAが比較的低値にも関わらず悪性度が高い前立腺癌を高頻度に経験します。また英国における1300人のLOH症候群患者に対する20年間のテストステロン補充における前立腺癌の発症頻度は2966人年に14人の前立腺癌でした。これは、すなわち212人年に一人の前立腺癌検出率になります。これまでの検討では治療前に前立腺癌がない事を必ずスクリーニングして、定期的に直腸診とPSAを測定することで前立腺癌の合併を見逃さない努力がなされています。そのような前提の上では、テストステロン補充は全く安全に施行可能と考えられます。このため「手引き」ではPSAを測定し、2.0 ng/ml以上であれば前立腺癌の除外のため、泌尿器科医へ紹介することをすすめています。
テストステロン補充療法(TRT)の問題
わが国で保険適応のあるテストステロン製剤で安全に使用可能なものはエナント酸テストステロンのデポ剤注射のみであり、2週から3週に1回の投与が必要です。それは2-3週目で血中テストステロンのトラフ(底値)を迎えるためです。これまでの臨床検討ではこのテストステロンのトラフでの評価が多いため、患者によっては最低値のテストステロンレベルでの評価となることも多く、一定の結果が導き出せなかった可能性があります。
現在、海外ではゲル製剤、さらに長期作用型テストステロン、皮下植え込み型のテストステロンペレットが使用可能です。これらの製剤は血中テストステロン濃度が安定していますため、症状の安定化も得られやすいと考えられています。現在、ヨーロッパで長期作用型テストステロンによる、さらに長期のRCTが進行中であり、結果が待たれます。
まとめと専門外来のご案内
高齢者のQOLは今世紀の大きな課題であり、それを解く鍵のひとつに性ホルモンがあると考えられます。テストステロン値の低下は生活習慣病と関連することから、加齢に伴う性腺機能低下症 late onset hypogonadism: LOHが注目されています。国際的に男性の健康を考える「メンズヘルス」をキーワードにテストステロンをバイオマーカーとしたアンチエイジング医学が進展しています。
毎月1・3週 土曜日午前 予約制